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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)2398号 判決 1997年5月30日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二三万円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを七分し、その五を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金九〇万二七〇八円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者間に争いのない事実等、被控訴人の責任等についての控訴人の主張、控訴人の主張に対する反論及び争点については、次に付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二丁表八行目の「一九九万八九二四口」を「一九九万八九二四円」と、同裏三行目の「本件エースの購入後、受益証券説明書」を「本件エースの購入後、信託財産運用報告書」と各訂正する。

2  原判決四丁表六行目の「債務不履行責任を負う。」の次に、改行のうえ、「なお、控訴人は、被控訴人の法的責任として、被控訴人自身の不法行為責任ないし債務不履行責任を主位的に主張し、予備的に使用者責任を主張するものである。」を加える。

3  原判決四丁裏一行目の「井上は、」の次に「昭和六二年一〇月、控訴人と面会した際に、」を加える。

4  原判決五丁裏四行目の「進言し、」の次に「右検討、研究の後に運用対象を決定するまでの間、運用資金をプールしておく趣旨で、とりあえず中国ファンドを購入しておくことを勧め、」を、同五行目の「際して、」の次に「電話により」を各加える。

第三  証拠<略>

第四  当裁判所の判断

一  争点についての判断の前提となる事実経過等については、次に付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の一1ないし4(原判決五丁裏一二行目から同九丁表末行)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六丁表一〇行目の次に、改行のうえ、「なお、証拠(甲七、乙五の2)によれば、昭和六二年ころ発売のエース(株式投資信託)には、株式型ユニット(本件エース)のほかに、国債型ユニットがあり、これは、株式型ユニットより株式の投資割合が低く(約二五ないし三〇パーセント)設定され、その余は国債を中心に投資されることとされていること、また、株式型ユニットについても、発売時期によって株式の投資割合が異なっており、例えば平成四年ころ発売のものには、株式の投資割合が約四〇ないし五〇パーセントとされたものがあることが認められる。」を加える。

2  原判決六丁表一一行目の「(原告本人)」を「(当審における証人藤本道子、原審及び当審における控訴人本人)」と、同末行の「原告は、」を「控訴人は、昭和二年一〇月二九日生まれの男性で、」と、同裏三行目の「したことはなかった。」を「した経験は全くなく、家計や預貯金の管理等はすべて妻の道子に任せ切りにしていた。また、控訴人の妻道子も、控訴人から任された預貯金の管理は、一般の銀行や信託銀行の他、郵便局の定期預金を利用する程度であって、株式の売買その他証券会社との取引をした経験は全くなかった。」と、同六行目の「松本の紹介を受けて」を「松本から井上を紹介され、井上の勤務する被控訴人に貯金のつもりで退職金のうちいくらかでも預けてやってほしいと頼まれたことから、」と各訂正し、同七行目の「約一五〇〇万円であり、」の次に「控訴人は、井上との面談に先立って、妻道子と相談の上、」を加え、同八、九行目の「残りの二〇〇万円を被告に預けることにした。」を「井上の話によって被控訴人と取引する場合には残りの約二〇〇万円に限ることにした。」と訂正する。

3  原判決六丁裏一〇行目の「原告と井上は」を「控訴人は、株式取引はもとより、証券会社と取引した経験もなく、また、かつて妻の父が株式取引に失敗したことを知っていたこともあって、退職金の一部で証券会社と取引するようなことは考えなかったが、松本の紹介を断り難かったことと、松本の話に出た貯金のつもりで預けられるようなものがあれば、被控訴人と取引してもよいと考えて、井上の話を聞くことにした、松本は、控訴人以外にも、日通を退職する何人かの従業員に対して貯金のつもりで被控訴人に退職金の一部を預けてやってほしい旨をいって、井上を紹介したことがあり、井上も、松本から紹介された日通の従業員の多くは、銀行預金に近い安全性の高い取引を希望しており、控訴人もその一人であることを承知していた。控訴人は、井上と、」と訂正し、同一一行目の「二〇〇万円分を」の次に「購入」を加え、同末行の「切り換えることとし、この間の」を「切り換えることとした。以上の事実は、原審、当審における証人井上と控訴人本人の各供述に弁論の全趣旨を併せて認められる。そして、控訴人と井上が右面談をした際とその後右電話で話した際の」と、同七丁表一行目の「供述内容は異なる点が少なくない。」を「この点に関する原審、当審における控訴人本人の供述内容と原審、当審における証人井上の供述内容は、重要な点において異なる点が少なくなく、かつ、証人井上の供述は、原審と当審とで首尾一貫せず、かなりあいまいになっているところがある。」と各訂正する。

4  原判決七丁表一〇行目の「切り替えはしなかったであろうと」を「切り換えはしなかったであろうことなどを」と訂正し、同一〇行目の「井上は」の次に「(その原審及び当審における供述は、かなりあいまいな部分があるが、全体を通じてみると)」を、同一二行目の「手渡したこと、」の次に「その際、パンフレットに記載された個々の商品の具体的説明は特に行わなかったこと、」を各加え、同裏六行目の「旨供述している。」を「ことなどを供述していると理解できる。」と、同八丁表三行目の「経歴等」を「経歴その他、前認定の事実」と、同行と四行目の「比較的安全性の高い」を「銀行預金に近い安全性の高い」と、同六行目の「信用できるように思われる。」を「信用できる(証人井上も、原審における証言中で、控訴人を含めて松本から紹介された日通の従業員の多くが、銀行に預金するような気持で被控訴人と取引する意向であったことを、井上も承知していたことを肯認する趣旨の供述をしている。)」と各訂正し、同七、八行目の「パンフレット」の次に「(乙五の1、2と同じものではないが、これと類似の内容が記載されたもの)」を、同一〇行目の「あったこと」の次に「、ただし、右欄外の注記は、右五種類程度の商品の一つ一つについての各説明の文章とは全く別の箇所に記載された文字どおりの欄外の注記であり、各商品についての各説明は、ニュアンスの差はあっても、いずれも安全で、かつ比較的高い収益が安定して得られる趣旨のことを印象づける内容のものとなっており、パンフレットからは、欄外の注記を読んだとしても、本件エースについて元本割れが現実化する危険があることを理解することは、いささか難しいこと」を各加え、同裏六行目の「記憶にないなどその供述にも誇張がある」を「記憶にないところからみて、その供述内容は、当時の記憶に基づくものというよりは、当時もおそらくはそのような説明をしたであろうとの井上自身の推測を述べた部分も多分に含まれ、したがって、その供述内容には、井上が創作した部分や誇張がある」と訂正し、同一〇行目の「推認されるものの、」の次に「それが株式型ユニットに当たるのか、国債型ユニットに当たるのかといったことや、」を加える。

5  原判決八丁裏一二行目と末行のかっこ内の証拠の表示を「甲七、乙一の1、2、三の1~3、原審、当審における証人井上、同控訴人本人」と訂正し、同九丁表末行の次に「控訴人は、本件エース解約の前に、井上や上司から本件エースの償還を延期するよう求められたが、これに応じても元本が保証されるわけではないことを聞き、それでは自己の認識や予期に反するとして即座に本件エースを解約することを決断した。また、控訴人は、右支店で右次長らに抗議した際、たまたまエース・株式型ユニット投資信託(同商品のみ)の概要を説明したパンフレットが店頭に置かれ、その説明文中に元本保証がないことが記載されているのを見つけ、本件エース購入前にこのようなパンフレットを交付されていれば、本件エースを購入することはなかった旨の強い不満の気持をあらわす趣旨の発言をした。」を加える。

二  争点1に対する判断

1  適合性の原則違反について

当裁判所も、井上の控訴人に対する勧誘行為が適合性の原則に違反するものではないと判断するが、その理由は、次に加除、訂正するほか、原判決九丁裏二行目から同一〇丁表一一行目までに摘示のとおりであるから、同摘示を引用する。

原判決九丁裏九、一〇行目の「ある程度の危険は原告において覚悟していたのではないかと」を「証券会社である被控訴人と取引する以上は、元本割れの危険が皆無であるような種類の取引はほとんどないことを観念的には認識し、理解していたものと」と訂正し、同一二行目と末行の「窺えないではない。」の次に「ただし、右発言は、後記のような別の趣旨を含んでいたとも解せられる。」を加え、同末行の「なお、」から同一〇丁表三、四行目の「推認される。」までを削り、同八、九行目の「相当の利回りのあった当時の状況としては」を「控訴人が本件エースを購入した昭和六二年当時、株式型ユニット投資信託については相当の利回りによる収益が継続して現実に出されており、したがって元本割れの事態になるようなことは予想し難い状況のもとでは」と訂正し、同一一行目末尾の次に「ただ、前認定の事実によれば、控訴人は、井上に被控訴人との取引を勧誘された当初から、銀行預金に近い安全な取引を希望しており、高収益よりは安全性に対する指向が強かったものであり、そのため、控訴人が被控訴人から本件エースの償還の延期を求められた際、元本割れの事態を控訴人の認識ないし予期しないこととして、即座に本件エースを解約し(この際の控訴人の交通事故云々の前記発言も、本件エースの元本割れの事態が控訴人の認識、予期しないことであったことを示す趣旨を含むものであるとも解される。)、償還期限の延長による元本の回復や収益の計上などはまったく期待していなかったことが認められるところである。これによれば、井上が元本保証のない本件エースを控訴人に勧誘したことが、前記のとおり不適切の商品勧誘に当たるとまでは断定できないものの、その疑いがないといい切れるものでないことを留保しておく必要があるというべきである。」を加える。

2  説明義務、情報提供義務違反について

(一) 株式投資信託のような相場取引への投資は、投資者自身の判断と責任において行われるべきものであるから、それによって損失が生じた場合には、本来、投資者自身がその損害を負担すべきものである。しかし、投資者と証券会社との間には、証券取引についての知識・経験、情報の収集能力及び分析能力等において格段の質的・量的差異があり、一般の投資者は、専門家である証券会社の提供する情報や助言等に依存して投資を行わなければならず、他方、証券会社は、一般投資者を取引に勧誘することで利益を得ているという実態がある。

これらを考慮すれば、証券会社及びその証券取引勧誘外務員は、一般投資者に対し、証券取引を勧誘するに際して当該取引の仕組みや危険性について的確に説明する義務を負うものであり、また、投資信託においては、その投資した資金の運用を専門家に一任する性格を有するものである以上、運用成績悪化を考慮しての解約の機会を逸させることのないよう、証券取引後においても、運用状況の開示・報告等の情報提供義務を負うものであるということができる。これらの義務は、証券投資信託法二〇条の二が、委託会社は、受益証券説明書を作成し、当該受益証券を取得しようとする者の利用に供しなければならないこと、及び、運用報告書を作成し、受益者の利用に供しなければならないことを規定していることにもあらわれているというべきである。もっとも、右規定は、公法上の取締法規であって、これに違反したからといって直ちに私法上の損害賠償義務が生じるものではない。また、証券投資信託協会の昭和六二年当時の申し合わせでは、受益証券の募集または販売の際に受益証券説明書を交付または送付すべきこと、及び、収益分配金または償還金の支払いを行う際には受益者に信託財産運用報告書を交付または送付すべきものと規定しているが、同申し合わせも、基本的には任意の申し合わせ事項という性格のものであり、私法上の義務の根拠とすることはできない。したがって、証券会社及びその証券取引勧誘外務員の説明義務、情報提供義務違反が私法上も違法となるか否かは、右の取締規定や申し合わせだけによって決まるものではなく、それも一つの資料として当該取引の具体的状況等を総合的に判断して決めるべきである。

(二) これを本件についてみるに、一般の投資者にとって、購入商品の元本が保証されるか否かは、当該商品の購入の可否を判断する際の重要な要素であるから、証券会社またはその証券取引勧誘外務員としては、本件エースのような元本割れの危険性を有する株式投資信託の購入を投資者に勧誘するに際しては、投資者の判断を誤らせることのないよう、この点についての十分な説明、告知をすることが不可欠であり、特に控訴人のような安全性への指向の強い投資者についてはそのことが一層要請されるというべきところ、本件においては、以下の諸点からみて、井上の控訴人に対する本件勧誘行為は、本件エースの購入を勧誘する際に要求される説明義務を十分に尽くしていなかったものと認めるのが相当である。

(1) 前認定の事実によれば、井上は、昭和六二年一〇月中旬頃に控訴人と面会して中国ファンドの購入の申し込みを受けた際に、控訴人には株式の売買その他証券会社との取引をした経験がないことを察知し、あるいは、簡単な質問を控訴人に対してすることにより、その点を容易に知り得たにもかかわらず、同面会の際には、中国ファンドなど他の商品の説明と共に本件エースの説明が記載されたパンフレット(そこに記載の各商品について、本件エースも含めて、一様に安全性が高いことを印象づける説明がされていることは、前認定のとおりである。)を控訴人に手渡すのみで、特に本件エースについての口頭による説明は行っておらず、また、昭和六二年一二月初旬、本件エースへの切り換えの勧誘を行うに際しても、控訴人に直接面談することなく、電話での一方的な説明のみで勧誘を行っている。

一般に、電話による説明は、説明等が記載されたパンフレットを実際に示しての直接面談しての説明とは異なり、説明が一方的になされるのみで、相手方の十分な理解が得られない場合も少なくなく、特にその説明内容が複雑であったり、相手方にとって理解の困難な事項であるような場合には、相手方の十分な理解はあまり期待できない。

現に、本件においても、井上の控訴人に対する電話による説明は、前認定のとおり、勧誘する商品が株式型ユニット投資信託に属する本件エースであること及びその簡単な概略の説明がされたのではないかと推認されるものの、元本割れの危険性や満期等、あるいは国債型ユニット投資信託との区別についての説明が明確、十分にされたかどうかは確定できないところであるが、仮に、証人井上が原審及び当審において供述するとおり、井上は、控訴人に対する電話による説明において、本件エースの元本割れの危険性や満期等についても説明したものであったとしても、前掲の控訴人本人の供述、当審証人藤本道子の証言及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件エースには当初購入した中国ファンドと違って元本割れの危険があることを認識しないまま、井上の電話による勧誘に応じて、昭和六二年一〇月中旬頃に購入した中国ファンドを解約し、中国ファンドと同様の安全性があると認識して、中国ファンドの解約によって得る代金で本件エースを購入することを了承したものであることが窺われるところであって、少なくとも、井上の電話による説明では、本件エースの元本割れの危険性や満期等についての説明が控訴人に伝わらなかったものと認めざるを得ない。

井上としては、控訴人の証券取引経験や安全性の指向が高かったことを考慮するならば、既に購入している中国ファンドを解約して、その代金で本件エースを購入することを控訴人に勧誘するについては、電話による勧誘にとどめるとしても、中国ファンドと本件エースとでは元本保証の点で差があり、本件エースについては元本割れの危険性があることや満期等について具体的に十分な説明をして、控訴人の理解を得る配慮が必要であったということができる。

(2) もっとも、井上は、昭和六二年一〇月中旬頃に控訴人と面会して中国ファンドの購入の申し込みを受けた際に、中国ファンドその他の商品の説明と共に本件エースの説明が記載されたパンフレットを控訴人に手渡したこと、及び、控訴人が、同パンフレットの欄外の注記を注意深く読めば、本件エースについては元本の保証がないことは分かるようなものであったことは、前認定のとおりである。しかし同時に、前認定のとおり、同パンフレットの記載は、全体として本件エースを含む各商品についての元本の安全や安定成長を印象づける宣伝的なものであり、これと併せて目立たない欄外の注記を読んでも、各商品ごとに元本保証や元本割れの現実の危険性の違いや差を正確に理解することはたやすくできないことが認められる。さらに、当審証人井上は、その証言中において、井上は、控訴人と当初面接して中国ファンド購入の約束を得た際、中国ファンドから切り換える商品はパンフレット記載のものだけでなく、パンフレットに記載のないスポット商品も含めて、かなりの種類の商品を提示し、それぞれについて説明して、その中から切換えの対象とする商品を選択して決めてもらうつもりであった旨を供述するものであり、これに弁論の全趣旨を併せれば、井上も、中国ファンドから切り換える商品を選択決定する際には、改めてパンフレットだけに依拠するのではない具体的な説明が必要であると考えていたことが窺える。これらによれば、前記パンフレットの交付のみによって本件エースの元本の保証がないことを井上が控訴人に説明したものと認めることは相当でない。

(3) 井上その他被控訴人の担当者は、控訴人に対し、本件エースの取引に際し、受益証券説明書を交付したことはなく、本件エースの購入後、信託財産運用報告書を交付したこともなかったことは、前認定のとおりである。

これら書面の作成、交付等が、証券投資信託法または証券投資信託協会の申し合わせに規定されていることから直ちに証券会社及びその証券取引勧誘外務員の私法上の説明義務及び情報提供義務が導き出されるものでないことは前説示のとおりである。なおまた、乙五の1、2、原審、当審証人井上の証言によれば、被控訴人は、受益証券説明書及び信託財産運用報告書を常時店頭に置いてあり、この趣旨は本件エース等の商品について説明した前記パンフレットの欄外に注記してあるところであり、そして、誰でも店頭から右各書類を持ち帰ることができるようにしており、その交付を求める者があれば、誰に対しても交付していたことが認められるほか、神戸新聞その他の日刊紙では週一回の頻度により「ユニット投信基準価格」という欄で、主要証券会社各社の株式ユニット型投資信託の基準価格が示されていたことは前認定のとおりである。

ただし、本件エースの取引に際しての井上の電話による説明が前記のとおり本件エースについてのみのごく簡単で不十分なものにとどまっており、証拠を総合しても、右各書類を店頭に置いていることを告げたことを認めることができない本件にあっては、井上が本件エースの取引を勧誘した際に、被控訴人から控訴人に対して受益証券説明書や信託財産運用報告書を交付せず、店頭備付けの事実も告知しなかったことを、被控訴人が控訴人に説明義務を尽くしていないことを示す事情の一つとして考慮せざるを得ないものである。

3  不当勧誘の禁止義務違反について

井上の控訴人に対する本件勧誘行為は、本件エースの購入を勧誘する際に要求される説明義務を十分に尽くしていなかったものと認められることは前示のとおりであるが、更に進んで、井上が、控訴人に対し、本件エースの購入を勧誘するにあたって断定的な判断を提供した事実、あるいは、本件エースが中国ファンドよりも利率の高く、しかも中国ファンドと同様の安全性を有する金融商品であるように誤信させる情報を積極的に提供して控訴人に誤解を生じさせた事実については、これらを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の不当勧誘の主張は理由がない。

4  被控訴人の責任

以上によれば、井上の控訴人に対して本件エースの購入を勧誘した行為は、当該取引の仕組みや危険性について説明する義務を怠った違法が認められ、井上には、右行為について少なくとも過失があると認められるから、不法行為に該当するところ、同勧誘行為は被控訴人の事業の執行についてなされたものであるから、被控訴人は、井上の使用者として、民法七一五条一項により、井上の控訴人に与えた損害を賠償すべき責任がある。

なお、控訴人は、右使用者責任は予備的に主張し、主位的には被控訴人自身の不法行為責任ないし債務不履行責任を主張するが、前認定の事実からすれば、右勧誘行為における違法は、井上の勧誘行為の不適切さを理由とするものであるから、使用者としての被控訴人の責任を認めるのが相当であって、控訴人の主位的主張は採用できない。

三  争点2に対する判断

1  控訴人の損害

控訴人は、本件エースを満期に解約し、一六〇万五四〇〇円を受領して取引が終わったこと、昭和六二年一一月七日に控訴人が購入した中国ファンドを平成四年一二月一六日に引き出した場合、分離課税扱い、分配金再投資の前提で計算すると、同日現在の残高は二四〇万八一〇八円を下らないこと、控訴人は、本件エースの分配金として、平成元年一二月に九万五六三〇円を、平成三年一二月に四万七七三三円を各受け取っていることは前認定のとおりである。

前認定によれば、控訴人は、井上の違法な勧誘行為により、昭和六二年一〇月中旬頃に購入した中国ファンドを解約して、その代金で本件エースを購入したものであるところ、同勧誘行為がなければ、購入した中国ファンドを解約することなくそのまま保持していたものと推認されるから、これがために控訴人の被った損害は、中国ファンドを平成四年一二月一六日に引き出した場合の同日現在の残高二四〇万八一〇八円から、本件エースの解約金一六〇万五四〇〇円、平成元年一二月に受領した分配金九万五六三〇円及び平成三年一二月に受領した分配金四万七七三三円をそれぞれ差し引いた六五万九三四五円と認めるのが相当である。

なお、遅延損害金の起算日は、右損害額が確定した日の翌日である平成四年一二月一七日とすべきである。

2  過失相殺

井上は、控訴人に対し、本件エースの購入を勧誘するに際して、当該取引の仕組みや危険性について説明する義務を怠ったものの、それ以上に断定的な判断を提供したり、虚偽や不実を述べたりしなかったこと、他方、控訴人は、通常の経済生活を営む社会人であって、本件エースのような株式投資信託が、銀行預金などとは異なり、元本割れの危険性をも伴うものであることは、常識として知り得べき立場にあったこと、また、中国ファンドの購入の申し込みの際に井上から手渡されたパンフレットを子細に読んだり、井上からの電話による勧誘の際に本件エースについての必要な説明を求めるなどして、本件エースの元本割れの危険性についての知識を得る機会は十分にあったのに、これを活用しなかったことなどの諸事情を総合勘案すれば、本件損害の発生に関しての控訴人の過失も相当程度認められるというべきであるから、これを斟酌すれば、控訴人の右損害額から七割程度を過失相殺することが相当であり、控訴人が被控訴人に対して請求し得る損害額は二〇万円をもって相当と判断する。

3  弁護士費用

本件不法行為と相当因果関係のある損害として被控訴人が負担すべき弁護士費用は三万円とするのが相当である。

四  よって、控訴人の本訴請求は、二三万円及びこれに対する平成四年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、原判決を主文のとおり変更したうえ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岨野悌介 裁判官 杉本正樹 裁判官 納谷 肇)

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